方言と共通語・標準語の使い分けが大切!話し言葉と書き言葉の違いとも関係する|論理的思考のコツ㉔

書き言葉と話し言葉、共通語・標準語と方言の使い分け 論理的思考のコツ・本質講義(国語・英語・一般教養)

 

たかし~!早くオモチャをなおしなさい!

 

このように聞いて、たかし君がせっせとオモチャを片付けているイメージが浮かぶ方は、西日本の出身ではないでしょうか。

これに対して、「えっ、『かたす』でしょ?」と考えた方は東日本の出身でしょうか。

 

『かたす』?『カタストロフィ』の略?

ふつうは『しまう』じゃないのですか?

方言は、そうとは知らずに使われている場合が非常に多いのです。

 

方言は、その土地で生活する際にはコミュニケーションの潤滑油にもなります。

 

しかし一方で、方言が原因で問題が生じる場合もあります

入試試験や資格試験などにおいて方言で解答した場合、どれだけ減点されても何も言えません。仮に意味的には合っていたとしても関係ありません。

また、試験等に限らず社会生活やビジネスシーンにおいても、方言が原因でトラブルにつながる場合もあります。

 

自身の方言について日頃あまり意識していない方は、これを機に、共通語と方言、書き言葉と話し言葉の違いについてここで一緒に考えてみましょう。

 

この記事では、TPO(時と場合)に応じた言葉の使い分けの必要性について考察していきます。当記事は「方言自体が善いか悪いか」というような価値判断とは関係なしに、フラットな視点から現実的な問題について説明していきます。

 

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共通語(標準語)と方言の使い分け

 

まず「共通語と方言」という観点から考察し、それらを踏まえた上で「書き言葉と話し言葉」という切り口で説明していきます。

 

共通語・標準語・方言とは、共通語と標準語の違い

 

まずは、共通語(標準語)と方言について再確認します。

 

共通語とは、基本的に日本全国どこでも通用するような言葉のことです。具体的には、ニュースや新聞、官公庁の文書、あるいは学校教材(一部の物語文を除く)や参考書などで使われるような全国規模で公的に通じる表現です。

 

標準語というのは共通語と『ほぼ』同義ですが、現代の日本では「正しい日本語のスタンダード(=標準)はコレだ!」と特に定められているわけではないため、共通語という定義の緩い言葉に置き換わりつつあるようです。

 

標準語という概念は、明治維新以降の近代国家("Nation")を確立する過程においては、各地バラバラだった日本語を公用語として統一するために必要だったと言えます。

法学的に言うと、全国統一的な公用語がないと、近代的な法治国家の基盤が揺らぎます。なぜなら、大日本帝国憲法や刑法を制定したところで、全国に言葉が通じないと伝わらないからです。

 

ですが、標準語という表現は、多様性が尊重される現代にはそぐわない概念とも考えられます。

 

これは多文化共生の流れと同じような話です。多文化共生、あるいは多文化主義は論説文や小論文でも重要論点です。

カンタンに言うと「みんなちがってみんないい」の概念です。

 

そうした背景もあるため、共通語の明確な定義というのは難しいと言えます。

とはいえ、実際問題として共通語を求められる場面は地域に関係なくあるため、方言の強い地域の方は特に「この言葉は共通語か方言か?」という認識を持つことが大切です。

 

対して、方言は共通語の逆で、日本の中の一定の地域でのみ通じる言葉です。

有名どころでは大阪弁や博多弁、名古屋弁など多数ありますが、もっと細かく見ていくと、隣りの市ですら通じない方言があったりします。

 

方言は、いわばローカル性がその特色だと言えます。

全国的に通じるようなメジャーな関西弁でも、関西というローカル性があるからこそ共通語ではなく方言である、と言えます。(長い時を経て、後に述べる「書き言葉」になる可能性も無いとは限りません。)

 

強いて言えば、「国語辞典に載っていて方言とは説明されていない言葉」が共通語であると言えるかも知れません。ですが、国語辞典ですら民間人や大学の有識者が各々の見識に基づいて編纂するものであって、国が決めているわけではありません

 

方言が原因で生じる諸問題・トラブル

 

方言は、地域文化の根幹に根差す言葉ですから、その地域で生活していく際にはコミュニケーションの一助となりえます。

 

しかし、方言は地域外の人とのコミュニケーションにおいては逆に障壁になりかねません

 

具体例:方言が誤解を生み、対人関係のトラブルにつながる

 

近年、ネットで有名になった方言があります。

はよしね

こいつはメチャゆるさんよなあああ!(ビキビキ)

ちょっと落ち着いて。

……でも、いきなり暴言を受けるようなこと、したかなあ?

えっ!?暴言?

……えっ?

 

実は、「はよしね」というのは福井弁で「早くしなさい」という方言らしいです。

 

こうしてネット上で扱う分には笑って済ませられるかも知れませんが、もし実際に面と向かって言われたら間違いなく良い気分にはなりません。人によってはその場で激怒することでしょう。

後で「実は福井弁で~」と説明されたところで、笑って許してくれるような人ばかりとは限りません。そうなると、方言が対人関係に亀裂を生じさせる直接的な原因になってしまったことになります。

 

これが全く聞き覚えのない読み方であれば「あっ、方言かな?」と聞き手も気付く余地がありますが、共通語と発音が同じまたは似たような方言にこそ注意が必要です。

 

具体例:試験で方言を使うと、全く違う意味に解釈されて減点される

 

では、冒頭で挙げた「なおす」を例に、方言で試験の答案を書くと全く違う解釈で採点されてしまうケースを考えてみます。

ちなみに「なおす」というのは主に西日本エリアで「しまう」、「片付ける」といった意味で使われる方言です。(地域によって微妙に使い方が違ってくる可能性もあります。)

 

しかし、外の人間の感覚からすると、「修繕する」「修正する」という意味の「直す」にしか聞こえません

 

この「なおす」の意味を知らない地域の人が九州などに来ると、仕事場で「この書類、なおしといて(書類を片付けてほしい)」と言われたら「えっ、どこに不備がありましたか?」と、聞き手の方は書類の中身の修正を命令されているように聞こえる、という話がよくあります。
私自身は「なおす」も「しまう」も分かるためこのようなことにはなりませんが、それでも判断に迷うこともあるため、自信が無いときはどちらの意味か確認するようにしています。(単なるネタ話ではなく、当事者としては本当に戸惑うことがあります。)

 

ここでもし一般的な試験において、設問の正答が『たかし君が玩具を片付ける(しまう)こと』となるところで、『たかし君が玩具をなおすこと』と解答としたとします。

そうすると、採点官にとっては「玩具を修理?本文を読んですらいないのか」と全く違う意味に捉えられるため、部分点ももらえません

 

こうした共通語と混同されるケースに限らず、例えば『ランドセルを背負う』とすべきところを『ランドセルをからう』と書いた場合でも同じです。

採点官からすると、『からう』という記述は単なるオリジナルの造語としか評価のしようがありません。

これは仮に採点官がその方言を知っていたとしても同じ話です。試験問題というフォーマルな世界では共通語が基本であるため、方言は不適切な表現として減点されると考えておいた方が良いです。

 

「いいや、方言も正しい日本語だ」という考え自体は自由ですが、現実問題として0点になっても採点側に落ち度はありません

 

もしも学校のテストや作文などで方言が減点対象になっていなかったとしても、ほとんどのケースでは「先生が大目に見てくれているだけ」か、あるいは考え難いですが「教諭側も同郷の出身で方言に気付いていないだけ」と考えられます。
なお、方言それ自体が問題のテーマとして扱われるような場合は例外です。

 

仕事上における方言・イントネーションのトラブル:窓口業務やコールセンターの例

 

方言が原因で不利益が生じかねないという問題は、学力試験の話に限りません。

仕事上において方言がトラブルを招くケースも多々ありえます。

 

もちろん社内でも対人トラブルは生じ得ますが、直接的にお客様対応をする窓口業務やコールセンターではなおさら深刻な問題です。

 

これは東京の事例ですが、窓口業務では方言を使わないように指導している例を実際に聞いたことがあります。いわば『方言禁止令』です。

 

窓口業務ではありとあらゆるお客様が来るわけですから、人柄や価値観も人それぞれです。

方言自体が不快で気に食わないという方も居ますし、個人的に嫌なことがあってイライラしている方も居ます。

そこで窓口担当が何か誤解を招くような方言を使ってしまったら、お客様は非常に不愉快な思いをすることでしょう。

 

結果として顧客が離れるとビジネス的に損失ですし、場合によってはクレームに発展するケースも考えられるでしょう。

ですので、もちろんお客様目線の対応という側面もありますが、いわば会社側の自己防衛の為に方言を禁止している側面が強いようです。

 

また、対面の接客では、イントネーションも重大な問題です。

もし上京してきた人が「東京の言葉は優しすぎるなあ」と感じたとしたら、逆にその人の言葉のイントネーションが東京の人間にはキツく聞こえるかも知れません。キツイどころか怒られているように感じることもあります。

 

結果として周りの人は不快に感じるかも知れませんし、自分自身も余計なマイナス評価を受けることになる恐れもあります。

 

もしこれが方言の強い地域であれば、逆に方言が聞き取れないことが原因でトラブルに繋がりかねないことでしょう。ですので、研修などでその地域の方言を勉強することもあるようです。

 

窓口業務の場合はまだ地域によって方言の予測はつきますが、全国区のコールセンターになると話は更に深刻化します。

なぜなら、全国津々浦々のありとあらゆる方言に応対しないといけないためです。コールセンターが各地域ごとに区切られていない場合、どの地域から電話が来るかが全く予測できません

 

ここで問われるのは「どれだけの方言を覚えて対応できるか」ということよりも、「方言が強くて聞き取れない相手に対してどのように上手くその場で対応できるか」です。

 

ド直球に「何を言っているか分かりません」と突き放してしまうと、更に話は拗れることでしょう。

かといって、遠回しに婉曲的に何を言っているか分からない旨を伝えたところで、相手は「何が分からないんだ?」と思うだけでしょう。

無難なのは、素直に方言が分からない旨を伝えた上で、ゆっくりと丁寧に話してもらい、分からない単語を聞き返すといった対応でしょうか。それでも分からない場合は……各々のプロフェッショナルとしての腕の見せ所です(丸投げ)。

 

方言の授業を聞いていたと思ってたら、いつのまにか接客の心得を聞いていた件。

高校卒業してアルバイトや正社員として働き始めたらすぐに直面しかねない話です。転居予定の受験生は特に注意すべきです。

おっ、おう……。で、何の話をしてたっけ?

 

先生のようにとめどなく話を拡げるようなお客様に対しては、聞き手側が上手く情報を整理しながら話をまとめましょう。

 

学問は「共通語の世界」、方言はいわば外国語

 

話を戻して、私が「試験で方言を書いて減点されても何も言えない」と注意喚起する理由は、経験上の話だけではありません。

 

公教育で習う学科に限らず、学問の世界は共通語をベースにした世界だからです。

方言研究ですら、論文等は共通語をベースに記載されているはずです。

例えば、「『ばってん』とは、九州の一部で使われる逆接の接続助詞である」といった具合です。そこで「『ばってん』言うんは、逆接ば意味しとっと」のように論述されてはいないはずです。

 

過去記事で説明したように、共通語ですら定義付けをしないと共通認識は難しいものです。ましてや各々が方言を使ってしまうと、現実問題としてなおさらコミュニケーションの齟齬が頻発してしまいます。

 

アカデミックな「共通語の世界」からすると、方言はいわば外国語のようなものと言えます。そのように考えると、方言研究の例も腑に落ちるかと思います。

 

ですので、各種試験でも共通語が基本となります。

 

再度確認しますが、当記事で述べているのは方言の否定ではありません時と場合に応じて方言と共通語の使い分けをできるようになった方が良いというススメです。方言が一つの地域文化として尊重されるのと同じように、地域外の人を尊重して共通語を使うこともまた相互理解という点で大切だと思われます。

 

方言と共通語のバイリンガル化は、まずググって違いを知る(長崎弁の例)

 

では、方言と共通語を使い分けてバイリンガル化するためには、具体的にどのような方法があるでしょうか?

 

まずは、日頃から共通語を意識することです。

教科書類や報道で使われている言葉を注意深く認識し、日常生活上で使われている言葉との違いを知るということです。

 

しかし、それだけで方言と共通語の違いが分かるのであれば、最初から誰でも使い分けができているはずです。

ではなぜ人によって使い分けが難しいかと考えた場合、共通語で書くように指示されてもどれが共通語でどれが方言か判別がつきにくいという点にあるのではないでしょうか。

 

その最大の理由としては、地元の方言文化以外を知らないからという側面が強いのではないでしょうか。

いったん地元から離れれば、自分の言葉が通じないことから「これは方言だったのか」と否が応でも気付けるはずですが、地元一筋の方であればそうした機会は非常に限られることでしょう。

(前述したように、「これが標準語です」と国が定めているわけではないという事情もあります)

 

かと言って、国語辞典を一から読むわけにもいきません

 

それならば、逆に地元の方言をググって調べれば良いということです。

そして、今まで自分が方言と気付いていなかった方言をピックアップして、それぞれ対応する共通語を覚えていけば良いということです。

 

具体例として、私自身が『長崎弁』でググってリスト化してみます。

 

※以下は「多分この辺りが方言として気付かれずに使われているかも?」という私の想像です。

「来る(話者の元に行く)」、「こらす(いらっしゃる)」、「ぞろびく(引きずる)」、「やぜらしい・せからしい(鬱陶しい?煩わしい?)」、「ずんだれる(だらしない)」、「ほげる(穴が開く)」、「つ(かさぶた)」

 

方言の強い地域の方ほど、多くの方言が挙がるかも知れません。

あとは英単語のように一つずつ共通語を覚えていくだけです。

 

こうした作業により、方言自体を再認識しつつバイリンガル化することが出来ることでしょう。これは方言を否定することではなく、むしろお住まいの地域の方言文化の再発見につながるのではないでしょうか。

そうして再発見した方言をテキストファイルでリスト化してみるのも一興かもしれません。

 

なお、ググっていると「(お子さんが)ふとうなったね」というような長崎弁を見つけました。これまで私はそれを「太ったね」とド直球で言っているものとばかり思っていましたが、実際は「(お子さんが)大きくなったね」という方言だったことをたった今知りました。方言ユーザーとは逆の立場ですが、率直に言うと全くの不意打ちでした。
このように、『方言と認知すらできない方言』は心掛けだけでは難しい面がありますので、是非ともお住まいの地域の「○○弁」で実際に調べてみてください

 

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書き言葉と話し言葉のTPOに応じた使い分け

 

続いて、書き言葉と話し言葉の使い分けについて考えます。

 

書き言葉の前に、言葉遣いの違いに敏感になること

 

まず、書き言葉を上手く書くのが苦手な方は、もしかすると書き言葉の前に言葉遣いに対する再認識から入った方が良いかも知れません。

ですので、まずはより身近な話し言葉でもTPOに応じて言葉遣いが大きく変わるという点を確認してみましょう。

 

例えば、お近くの店舗や金融機関などの窓口で係員に問い合わせをした場合、以下の2人のうちどちらがより信頼出来るでしょうか。どちらがより安心できるでしょうか。もちろん、全く見ず知らずの相手です。

 

※以下は実際には文字ではなく音声で対話しているものと想定して下さい。

それでは弊社の方でも確認が取れましたのでこのまましばらくお待ち下さい。

それじゃあこっちでも確認できましたで、ちょっと待っといてください。

 

上の例はビジネスシーンで使われる言葉遣いです。下の例も一応は丁寧語ですが、微妙な違いで一気にぶっきらぼうな印象になります。

 

言葉遣いに敏感な方であれば、こうした言葉遣いの違いには逐一気付きます。気付くというよりも、その都度気になって仕方ないことでしょう。

敏感と言うほどでもない方でも、自覚しているか否かにかかわらず、言葉遣いの丁寧な人とそうでない人とを感覚的に区別していることでしょう。

 

試験やフォーマルな文書は「書き言葉」で記述し、話し言葉は封印

 

上記のように、会話の中ですら言葉遣いの違いで印象が大きく変わります

ましてや、文章の中では言葉遣いの違いが顕著に目立ちます

 

じゃあ全国で通じる言葉なら共通語だから良いんだな!

『答え:メロスは王様がすごく悪いことをいっぱいやってるって聞いてマジ切れしちゃったから。』

 

その解答は間違ってはないけど、違う。

えっ、でも普通に全国で通じる共通語じゃない?

ここで問題となってくるのが「書き言葉」と「話し言葉」の区別です。

 

書き言葉」と「話し言葉」とは、ザックリと言えば『主にフォーマル(公的)な文書で使われる言葉』と『日常会話(私的)で使われる言葉』のことです。

ちなみに、前半部で解説してきた方言は話し言葉の典型例です。

(なお、「文語体」や「口語体」も同じような用語ですが、そちらは厳密な定義の部分が個人的に引っ掛かるのでここでは使いません。)

 

これらは学術分野に限らず、普段の社会生活やビジネスにおいても使い分けが求められます。

共通語の話と同じように、書き言葉を一つ一つ全てリスト化して学習するわけにもいきませんので、自力で気付いたり添削等で指摘を受けたりしたらその都度正しい書き言葉を習得しましょう。

 

例えば、上の答えを添削するとこのような具合になります。

  • メロスは王様がすごく悪いこといっぱいやってるって聞いてマジ切れしちゃったから。
  • (修正)メロスは王様が(非常な悪事数多働いているという話を聞いて激怒したから。
  • (字数圧縮)メロスが王の数多の残虐行為を知り激怒したため。

 

方言の話と同じように、ここでもポイントは「書き言葉は何か」というよりも明らかな話し言葉はどれか」という観点の方が掴みやすいです。

 

えーっと、この中の話し言葉は……「すごい」「いっぱい」「やる」「って(格助詞)」「マジ切れ」「~ちゃった」辺りでしょうか。

あとは、「やってる」は「やってる」の方が良いですね。更に言えば「している」「行なっている」のような言葉遣いが望ましいです。

※「やってる」のような表記を『い抜き言葉』と呼びます。文字通り『い』の文字を抜いているということです。

 

「悪いこと」→「悪事」→「残虐行為」ってのは?

そこは意味を具体化しています。具体化・抽象化は別の論点になりますので過去記事の前半部分を参照して下さい。

 

「方言・話し言葉」から「共通語・書き言葉・である調」の文章へ

 

書き言葉の文章と話し言葉の文章の間で感覚的に違いが生じるのは、文章の格調・格式と呼ばれるものの違いです。

参考までに、同じような内容の文書を「書き言葉」と「話し言葉」で少し大袈裟に書き分けてみます。

 

現代の日本社会においては、世界的な交通網や情報通信技術の発達に伴い、急速な国際化が進んでいる。それゆえ、『多文化共生』の概念が重要性を増しつつある。

 

うわっ、おカタい文章……2行ですら読みたくない。

一番おカタい「である調」の書き言葉です。論説文や学術的な文献はこの書き方です。

 

今の日本ってのは、まあ色んな乗り物やらネットやら世界中に広まったってのもあるからさ、スゴイ勢いで国際化ってのが進んどるわけね。まあそんなことだから『多文化共生』ってのがドンドン大事になってきてんだよなあ。

 

もう全部こんな感じの書き方でいいんじゃないかな?

良くないです。

話し言葉は、このように対面で普段喋る時の言葉をそのまま記述した文章です。口頭の講義や対談の文字起こし、会話文などで使います。

 

確かに前の文章よりは取っつきやすいですが、文が軽い感じですね。

その軽さこそが話し言葉の特徴です。日常会話はキャッチーさが要ですから。それと対比すると、書き言葉は格調の高さが特徴と言えます。

 

以前解説してもらった対比構造を使った説明ですね!(復習)

そうです。そして、これらはどちらが正しいかという話ではなく、用途に応じて使い分ける手段なのです。

 

 

ここまで出てきた話をまとめると、文章にはこのような組み合わせが考えられます。

  • 方言・話し言葉:ご当地の日常会話。
  • 共通語・話し言葉:基本的に全国で通じる(はずの)日常会話。伝わるけど軽い。
  • 共通語・書き言葉・ですます調:丁寧かつ親しみやすさを出す文章、主にビジネス分野。
  • 共通語・書き言葉・である調:一番フォーマルで堅い文章、学術や公的な文書はコレ。

 

ちなみに私としては「である調」が断トツで書きやすいと思いますが、親しみやすさゼロの文章になりますので、当ブログでは「ですます調」や「話し言葉」を取り入れて砕けた文章を目指しています。

 

大学受験や資格試験といった学力テストのほとんどでは学術ベースの文章が求められますので、「共通語・書き言葉・である調」で統一して論述等の学習をした方が良いです。まずは「である調」で適切な文章が書けるようになるのが目標で、必要性に応じて「ですます調」の文章も身につけていく流れが良いかと思います。
試験等で特に指示が無いにもかかわらず話し言葉を使った場合は、不適切な文章表現として減点対象になると考えておいた方が良いです。

 

その他、試験等で使わない方が良い言葉

 

他にも、方言や話し言葉に類するような表現は記述試験やフォーマルな文章などで使わない方が無難です。

 

ネットスラングはローカルな俗語なので控える

 

近年になって広まった言葉として、ネットスラングがあります。

ネットスラングとは、主にネット上で使われる俗語のことです。

「ネット上で」という限定がある以上は共通語ではなくローカルな言語ということです。いわばバーチャル空間上での方言と言えます。

 

『メロスのマジパネェkskで王様ざまぁwwwww反省しる!とオモタ。』

よし、読書感想文できたゾ。

それ、読書感想『文』じゃなくてただの感想じゃない……?

おいィ?感想をそのまま自分の言葉で書いただけだが?

 

読書感想文は「書き言葉」が基本です。「である調」と「ですます調」は提出先に合わせて選択した上で、どちらかに統一しましょう。

 

自分の言葉で書きましょう」って指示されたけど、それって話し言葉で書くってことじゃないの?

それは本文やネットからの丸写しをしないよう戒めている指示です。

特に他人の文章のコピペは盗用・剽窃行為に当たるので厳禁です。

 

PC・スマホの普及、SNSの発達などにより、ネットスラングもメジャーになりつつはありますが、試験等ではあくまでも俗語として見られますので、使用は控えた方が無難です。例えば「ググる」という誰でも知っているレベルのネットスラングでも、「インターネットで検索する」、「検索エンジンで調べる」といった言い換えをすればどんな試験でも減点されないフォーマルな表現になります。

 

新語・流行語はフォーマルと真逆の「カジュアル」な言葉なので控える

 

もう一つ注意すべき言葉として、「新語・流行語」があります。

これらは流行語大賞などでも大々的に扱われるため、イメージはつきやすいと思います。

 

確かに全国的に知られた言葉ですから、どちらかと言えば方言ではなく共通語に近いと言えます。

しかし、こうした新語・流行語は一部のコミュニティの日常会話のなかで自然発生したか、あるいはマスメディアを通じて急速に広められたような言葉です。

 

ですので、新語・流行語はフォーマルな書き言葉とは真逆の、まさにインフォーマルな話し言葉の筆頭であると言えます。

 

『メロスは後ろ向きの精神状態からメッチャ覚醒して、半端ないと思いました。』そんなん出来ひんやん普通……。

※『大迫半端ない』はネットでは昔から有名で、ネットスラングとしては既に成立していましたが、ロシアW杯で遂に全国的な流行語となりました。

 

『半端ない』のような新語が書き言葉として認められるにはまだまだ早すぎるため、試験で使うと減点されると思われます。

 

なら、『半端ない』が使えないならどう書けばいいのかな?

甚だしい』や『顕著である』、あるいは『非常に○○』あたりでしょうか。ただ、国語や小論文で言うと、『具体的に何がスゴいのか』が問題になります。そこで私であれば「崇高な精神を体現した」といった感じで書きます。

 

よし、もらった!

『メロスはメッチャ覚醒して、崇高な精神を体現した。』

一部だけ直してもダメというのがよく分かりました。

 

補足:物語文の会話や心内文ではむしろ正しい

 

ここで、一点だけ補足します。

物語文では、方言や話し言葉が本文で書かれることも多々あります。

 

これは特に文章として間違いということではありません。

そもそも学術的に書く必要がないという側面もありますが、そうした方言や話し言葉が書かれるのは会話文か心内文が中心ではないでしょうか。

 

会話文・心内文は、人の会話や思いを文字に起こすことが主な目的となります。

ですので、方言や話し言葉をそのまま表記するのはむしろ場面描写・心理描写としては正確であるとも言えます。

 

これもまた、言葉遣いのTPOの一つです。

目的が変われば手段も変わります。

 

全国的に知られていない方言に対しては、注釈がつくはずです。もし注釈が無い場合は、特に重要性のない言葉か、あるいはその方言の解釈抜きでも内容が理解できるように設問が作られているであろうと思われます。そうでなければ、『方言検定試験』になってしまいます。

 

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まとめ

 

以上、共通語と方言書き言葉と話し言葉という観点から日本語を捉え直してみました。

 

学校の勉強、あるいは学力が問われるような資格試験というのは、基本的に学問が土台となっています。だからこそ、必然的に『アカデミック』な言葉遣いが求められることになります。

 

アカデミックな言葉遣いというのは、「共通語・書き言葉・である調」が基本です。

ビジネス・実務寄りの文章であれば「ですます調」もありえますが、いずれにせよ方言や話し言葉は論述などでは封印するのが安全です。

 

長文の論述や小論文では文章構成も大切ですが、こうした適切な言葉遣いというのも必須の評価事項です。言葉遣いは学生だけではなく、社会人の教養としても非常に重要になってきます。

 

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※完結シリーズ「論理的思考のコツ・本質講義」→ 各話リスト

※連載シリーズ「効率的な勉強法・教育法」→ 各話リスト

 

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