定義とは、言葉の意味の共通認識!数学の定理と違い筆者が定義づける|論理的思考のコツ⑬

言葉の定義付けとは定理と違い共通認識のロジックである論理的思考のコツ・本質講義(国語・英語・長文読解)

 

定義とは、「Aとは、Bである。」である。

というのはトートロジーですが、論説文では、「~とは、~である」というような書き出しの「定義付け」の箇所が頻出します。

 

国語に限らず、定義」というものは、文章読解においては必ず注意すべき部分です

 

定義?そんなのただの話の前提の部分だからどうでもいいんじゃ?

という方は、是非ともこの記事を機に、細心の注意を払うことをオススメします。国語や英語などの読解問題であれば該当箇所に全て線を引くレベルの重要度です。

 

定義の問題は、試験だけでなく学問的にもコミュニケーション的にも大切なトピックです。

 

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定義とは?簡単に意味を説明

 

まずは何より、文章読解における「定義」とはどのようなものか確認していきます。

 

「定義」の定義付けと意味

 

定義とは、言葉の意味を明確にすること(=定義付け)です。

 

例えば、当ブログでは度々「国語力」という言葉を使っています。

 

この「国語力」という言葉は、使う人によってその意味が多岐にわたることでしょう。

センス、読書力、理解力、文才、あるいは単に国語の得点力……。

 

私ならばこのように定義します。『国語力とは、言語による論理のインプット・アウトプット能力である』、と。

なるほど、よくわからん。

よくわからなくてもとりあえず定義の部分に下線を引いておいてください。あとでテストします

 

このようにして、読み手と語り手との間で「共通認識」を明確に定めるのが定義の機能です。

そしてこの段落では、まさに私が「国語力」という言葉の意味を今ここで定義付けした、ということです。

 

定義は筆者次第、だから主観的なセンスだけでは分からない

 

では、カンタンな例題を通して具体的に考えてみましょう。

 

次の文章を読んで、問いに答えよ。

~中略~

現代のIT社会では、「コミュニケーション能力」こそが重要なのである。

 

問、下線部の意味を簡潔に説明せよ。

 

 

コミュ力っていったらクラスみんなと仲良く出来るキャラでしょ?

下線部の問題は必ず一文全体を含めて読む

という鉄則を忘れていませんか?

 

あ、そっか。なら「IT社会でのコミュ力」を聞いてるってことね。

そりゃあSNSとかで沢山の人と繋がれる能力でしょ。インフルエンサーとかフォロワー数とか。

 

ITで大切なコミュニケーション能力といえば、ネットの向こう側にいる人の気持ちをちゃんと想像して気遣う能力だと思います。

 

このように、「コミュニケーション能力」というありふれた言葉ですら、いやありふれた言葉だからこそその意味は人それぞれ違ってくるのです。

 

では、本文の序盤にこのような文があったらどうなるでしょうか?

 

次の文章を読んで、問いに答えよ。

 「コミュニケーション能力」とは、自己の利益のために他人を上手く操作して利用する能力である。

~中略~

現代のIT社会では、「コミュニケーション能力」こそが重要なのである。

 

問、下線部の意味を簡潔に説明せよ。

 

答え:現代のIT社会では、自己の利益のために他人を上手く操作して利用する能力こそが重要である、という意味。

 

なん……だと……?なかなかサイコな作者やなあ。

人と人とのつながりって、利益で測れるものでしょうか……?

 

しかし、「コミュニケーション能力」という言葉を筆者自身がこのように定義付けしているので正解はこうなります。

 

再度確認しますが、『次の文章を読んで、問いに答えよ』というのが設問の指示である以上は、たとえあなたの考えや常識に反していようと筆者自身の定義している内容が前提です。

 

問題文中で筆者が定義付けをした場合、その定義は筆者自身の考えそのものとも言えます。筆者の考えなので要チェック項目として定義部分に線を引いておきましょう
なお、「~とは~だ」という形に限らず、たとえば『コミュニケーション能力によって、~することができるのだ。』というように明らかに筆者が断定した部分も同じような意味合いになります。

 

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考察:「定義」の重要性

 

この段落は、国語の論説文と思って読んでみて下さい。大学の学問や資格試験ではもちろん、コミュニケーション問題にも深く関わる考察ですので是非とも一緒に考えていただきたい問題です。

率直に言うと小難しい話ですので、分からなければ無理せず読み飛ばして次の記事に進んで下さい。

 

数学における「定義」と「定理」の違い、人為的な意味付け

 

「定義」という言葉と混同しやすい言葉に、「定理」があります。

 

定理」の有名どころでは、ピタゴラスの定理があります。

直角三角形のうち、斜辺の長さをc、他の2辺の長さをa、bとしたとき、
c^2=a^2+b^2 が常に成り立つ

というものです。

 

ここで、『斜辺をc、他をa、bとする』というのは定義の一種と言えます。

abcといったアルファベット自体には数学的に特別な意味はないのですが、説明の都合のためにここではそう意味付けたということです。諸々の数学記号も説明の便宜上作られたものです。

 

それに対して、「c^2=a^2+b^2」で表される関係は、直角三角形であれば常に成り立ちます

記号や図形の名前などは人間が決めた定義ですが、この定理自体に人為的な意味付けの差し挟む余地はありません

 

「直角三角形のうち、斜辺の長さをc、他の2辺の長さをa、b」と諸々の前置きを人間が定めた時点で、「c^2=a^2+b^2」の定理は論理的に覆しようがありません

※なお、Wikipediaだけでも11通りの証明がされています。

 

このように比較すると、逆に「定義というものは人為的に意味付けしたもの」、という側面が浮かび上がってきます。

 

数学と国語での「定義」の違い

 

例えば、

x=3とした場合、y=2x+3を求めなさい

という問題があったとします。

 

ここで、「x=3」というのは問題設定上の定義付けであるといえます。(すなわち『xとは、3である』の数学的な表現)

そして、国語における定義とは、この「x=3とする」と同じことを文章表現の世界で行なうことであるとも言えます。その定義の対象はカオスに満ちた人間社会・心理そのものであり、手段は文章表現である、とも言えます。

 

ここに文系学問特有の難しさがあります。

 

数学であれば、「y=2x+3にx=3を代入して答えはy=9」というのは客観的に明白です。

四則演算や記号、問題設定などのルールを定めてしまえば、あとはそのルールさえ理解していれば誰が解いても一意に答えが決まります。

(もっとも、そのルールの理解こそが受験数学の大きな第一関門になるのですが)

 

文系学問における「定義」

 

しかし、文系学問で主に扱うのは数式や化学式ではなく言葉です。(統計学・経済学のような分野横断的なジャンルは脇に置いて)

 

言葉というのは生き物です。

使う人、使う場所、使う場面でも意味は微妙に変わりますし、時の流れでも変わります。

辞書すら書き換わります。(一方、ニュートンの運動方程式は数百年後の量子力学の時代になっても同じ方程式)

 

だからこそ、専門用語の定義をいかに固めるかということそれ自体から研究は始まっています。

専門用語を使わずに、それこそセンス任せの言葉だけで論述をしてしまうと、意味するところが読み手の言語感覚によって違ってくるのです。(その専門用語ですら齟齬は生じうる)

 

すなわち、たとえ同じ言葉を使っていても共通認識のもとでの議論ができなくなるということです

 

『壁ドン』の定義の違いこそ「コミュニケーションの齟齬」

 

もっとライトな例を挙げるならば、『壁ドン』という言葉がハッキリと分かりやすいでしょう。

 

『壁ドン』って言ったら、隣りの部屋がうるさい時にドンドン壁殴りすることでしょ?

えっ、少女漫画でヒロインが憧れの先輩にドンってされるシチュエーションでしょ?

 

このように、『壁ドン』という同じ言葉から思い描く事象が人によってまるっきり変わってくるのです。これはまさしく「コミュニケーションの齟齬(そご)」です。

 

『壁ドン』のように用法がハッキリ分かれるケースはまだ全然分かりやすいのですが、日常会話でよく使う言葉ほど微妙な齟齬が無数に積み重なっています。

微妙な齟齬ほど認識しにくくて厄介なのです。

 

法学における定義の具体例

 

話を定義の問題に戻して、法学を例に考えてみます。

 

刑事裁判の場で、もし担当の裁判官によって言葉の定義がセンスで好き放題に変わってしまうとしたら、公平な裁判などは到底不可能です。

 

「俺にとって『物』というのは自分の身体の延長だから、窃盗は人の身体を損なわせることと同じなんだよ。だから君は窃盗罪より重い傷害罪で裁くことにしたよ」

というのは許されないのです。この辺りは罪刑法定主義にも関わる部分です。

 

以上は極端な例ですが、『物』という語の解釈一つで罪まで変わりうるからこそ、法学では、法学上の『物』という言葉を専門用語としてガッチガチに定義しています。

 

正確に言えば、定義をより具体的に固めるために様々な学説が主張され、諸説紛々の議論を繰り返し、結果として「判例・通説」が形成されていくのです。

 

こうして、少数説は見なかったことにして、ようやく法学的な「x=3」、つまり』という言葉が誰にでも概ね同じような意味となり、共通認識となります。

 

なお、ここから条文の文言の解釈、解釈のための道具としての概念、その概念の定義の考察、当てはめ……等と拡がっていきます。

 

また、IT黎明期には、PCの発達・普及に伴って「コンピューターウイルス」などをはじめとした新しい概念・定義が生まれていきました。そのように現実社会を主に研究対象とするのが社会科学です。

 

ちなみにコンピューターウイルスなどの不正プログラムを法的に定義するとこうなります。

  • 人が電子計算機を使用するに際してその意図に沿うべき動作をさせず、又はその意図に反する動作をさせるべき不正な指令を与える電磁的記録
  • 上記に掲げるもののほか、上記の不正な指令を記述した電磁的記録その他の記録

ちなみにこうした定義を厳密に詰めていかないと、罰するべきでない人が勝手に罰せられてしまったり、逆に巧妙なネット犯罪が定義から外れてしまったりする恐れがあります。

 

そしてこの定義の中の「電磁的記録」もこのように定義されます。(あくまでも「この法律」=刑法における定義です)

この法律において「電磁的記録」とは、電子的方式、磁気的方式その他人の知覚によっては認識することができない方式で作られる記録であって、電子計算機による情報処理の用に供されるものをいう。

更に言えば、「電子的方式」「磁気的方式」「人の知覚」「電子計算機」「情報処理」とは具体的にどのような範囲を指すのでしょうか?

 

……「y=9」にたどり着くための論証過程はまだまだ続きます。

 

もちろん理系学部も定義の塊です。どちらが難しいという話ではなく、研究対象と、その研究のためのアプローチ手段が異なります

 

学問領域で定義を無視したら、会話すら成立が難しくなります。定義なくして議論はありえません。国語や英語の本文において出てくる定義もそれらと同様に重要です。

 

「相互理解」

 

なるほど、わからん。

もしかすると小論文や討論あたりで今回の考察と似たような論点が出るかも知れませんが、そのときは自分のわかる範囲の具体例でアウトプットしてください。ここで論じている問題は、『相互理解』という観点から「コミュニケーション」にも関係する部分です。

 

その時は『壁ドン』の例を使わせてもらいます。

使える知識は何でも仕込んで利用してください。ただしコピペやそれに近い形は剽窃にあたるので厳禁です。

ロジックをまずインプットしてから自分の言葉で説明しましょう

 

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まとめ

 

筆者が文中で定義付けをした時点で、その定義は筆者の考えそのものになります。

 

定義の重要性は学問においては当たり前なのですが、一般受験生は定義を読み流しがちということを問題作成者側は重々分かっているからこそ問題に絡めてくるのです。

 

定義の部分も含めて、自分(受験生本人)・一般論(第三者)・筆者の考えを切り分けることが基本であり重要です。そのために線を引くなり記号をつけるなりして、読解しながら自分で情報整理をしていきましょう。それも国語力の重要な一要素です。

 

さっそく実践

 

では、当ブログで言う「国語力」とはどういう意味でしたか?

記事の最初の方で線引いてたから分かるよ。

国語力とは、言語による論理のインプット・アウトプット能力である』意味はよくわからないけど先生が言ってた。

 

意味がわからなくても、こうして考えの切り分けができるのです!

 

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